気まぐれ雨模様

思考の整理 過去の記憶 不安の吐き出し 暗い集合体

放散痛

今日はコナンの映画を見に行った。劇場でコナンを見るのは初めてのことだった。

特にやることのない今、友人と電話した時にひょんなことからコナンはどう?と勧められたので観に行ってきた。面白かった。ある程度の知識は電話で教えてもらったから黒の組織のこともなんとな〜く雰囲気は理解することができたので楽しめた。今ってジンとウォッカ以外にもいっぱいネームドの構成員がいるんだね。自分が黒の組織にはいったらコードネーム何にしようかな。モヒートとかが良いかも。爽やかだし。

 

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午前中にコナンを見て、お昼ご飯をたべて、あとは運動不足解消がてらフラフラ歩いていた。

そしたら夕方から急激なメンタルの急降下がやってきてびっくりした。嫌だったこと、これから嫌になるかもしれないこと、昔の嫌な思い出、そういうのがブワッと一気に脳内に押し寄せてきて、ああどうしよう、ってなった。こんなに太陽の光も浴びているのにこんなにやってくることもあるんだなあってどこか他人事だったけど、でもどうしようもないくらいに死にたくて、なんとか家に帰ってきた。

今、洗濯物も回せたし入浴も済ませたあとだけど、夕方〜夜までの落ち込みがここしばらくの間では1番危なかったかもしれない。希死念慮が凄まじかった。今もへこんではいる。ピークよりかはかなりマシだけど。

 

こういうとき、いつもカレンダーアプリを見るようにしている。作った予定を見て、ああこの日に友人と予定があるからなあって、外的要因でなんとか自分の精神を引き留めている。自分は身内がいないも同然なので、死んだらほぼ間違いなく孤独死だ。だから、友人は待ちぼうけをくらってしまうのだ。私がすでにこの世にいないことを知らないまま、ずっと待ち合わせ場所で待ってくれるんだろうな、と思う。そういう想像をすると、友人にそんな思いをさせるのはやだなぁって思い留まる。年々この衝動が強くなってる気がする。気のせいかもしれない。ボジョレーヌーボー的なアレみたいな。

 

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生きがいがない。生きがいが無いときの希死念慮がマズイのだと思う。趣味への興味というか関心を持っても結局は悲しい思いばかりが募ってさっぱり楽しくない。楽しいことなんてあるか?今の自分にはないと思う。趣味で発散させていたそういう衝動たちが、すべてひとつの目的のために集まってしまう。これはマズいことだ。私にとってはマズい。分散させている衝動でさえ普段は持て余しているのに。湧き上がる感情にキャパがついていかないのだ。そういうものたちが、ピンと背筋を伸ばして希死念慮に向くということは、純度100パーセントの念慮が私に向かうということ。正直耐えられないと思う。そんなこと書きつつも俯瞰で見ている自分もいるからこうして日記を書いているんだけど。

それと、生理中というのも良くなかったのだろうな。私はPMSというか、生理期間中が1番メンタルの底が見えてしまうくらいに沈む。バイオリズムの問題もあるんだろうな。苦しい。苦しい。どうすることもできないけど苦しい。

 

眠らないといけない。眠りたい。眠れるかな。